【WBC侍ジャパン】

2026年WBCに向けて強化試合の日韓戦。

2006年WBC第1回大会の“因縁の日韓戦”記憶。

因縁のライバル韓国との激闘とレジェンド・イチローの存在。

WBC

ワールド・ベースボール・クラッシック(World Baseball Classic)

アメリカMLBが主催する野球の国際大会で4年に1度開催される。

メジャーリーガーも参加し各国のトップ選手が集まり“世界最強”を決める大会。

日本は過去2006年、2009年、2023年と3度優勝している。

2026年3月から第6回大会が開幕する。

イチロー『向こう30年は日本に手が出せない』

2006年WBC第1回大会の1次リーグアジアラウンド開幕直前にイチローは記者会見の際に、

『戦った相手が向こう30年、日本にはちょっと手が出せないな。みたいな、そんな感じで勝ちたいなと思います。』と話したことが大きな波紋を呼び広げた。

「そのくらいの勢いで勝ちたい」と日本チームを鼓舞する意味合いからの発言だった。

しかし、韓国側は『韓国は30年間、日本には勝てない』など過剰に取り上げ、メディア・選手は日韓戦を強く意識することとなった。

 

イチロー『今の内容に満足していたら、野球をやめなければいけない』

第1ラウンド(東京ドーム)が開幕すると、

中国に18−2、台湾に14−3と圧倒し2連勝。

迎えた因縁の韓国戦。

互いに2連勝同士で第1ラウンド1位をかけて激突。

イチローの発言もあってヒートアップした韓国の大砲で当時巨人に在籍していた李承燁(イ・スンヨプ)の逆転2ランで3−2と勝利した。

偶然にも最後のバッターはイチローであった……

イチローは韓国に敗れ、第1ラウンド2位に終わった現実に

『この内容(2位通過・個人成績3試合で3安打)に満足していたら野球を辞めなければならない』と語り、悔しさをあらわにした。

イチロー『僕の野球人生で最もっ屈辱的な日』

第1ラウンドを2位通過した日本は舞台をアメリカに移し、第2ラウンドでアメリカ・メキシコ・韓国と対戦する。

初戦はアメリカ戦で世紀の大誤審とも言われている、同点で迎えた終盤、犠牲フライのタッチアップで生還したかに見えたが、球審が塁審の判定を覆し、アウトとなった。

日本の王監督も抗議したが、判定は覆らずアウトで無得点。9回に失点し4−3でアメリカにサヨナラ負けした。

続くメキシコ戦は6−1と勝利した。

そして第2ラウンド突破に勝利が欲しい日本。

相手は再び、宿敵韓国との大一番。

緊迫した試合展開で7回まで両チーム0を並べた。

8回の表の韓国の攻撃中に一騒動起きた、

一塁側スタンド方向にフライが上がった。

ライトイチローはフェンス際でキャッチしたかのように思えたが、最前列の観客に阻まれてキャッチできず。イチローは怒りをあらわにした。

その行為に韓国人ファンが反応して、イチローも何事か言い返し、球場は騒然とした。

そしてその直後に失点して日本は2-1で敗れた。

日本に勝利した韓国ナインが太極旗(韓国の国旗)をマウンドに立てて喜びを爆発させる様子を睨みつけていたイチローは、『僕の野球人生で最も屈辱的な日です』言い放った。

イチロー『野球は喧嘩じゃないですが、今日はそんな気持ちでした』

韓国戦に敗れて通算1勝2敗となった日本は、第2ラウンド進出が非常に厳しい状況に追い込まれた。

しかし、その2日後に行われた米国対メキシコ戦で米国がまさかの敗戦。

この結果、日本は失点率で上回り、絶望的と思われたラウンド突破を奇跡的に果たすことになる。

そして準決勝では、韓国との“3度目の対決”が実現。

この試合も0−0のまま息をのむ投手戦。

「絶対に負けられない」 そんな日本の意地が形になったのは7回だった。

福留孝介が値千金の2ランを放つと、流れが一気に日本へ。そこから怒涛の5得点を叩き出し、6-0で勝利した。

試合後イチローは『野球は喧嘩じゃないですが、今日はそんな気持ちでした。』と語った。

この一言から並々ならぬ思いで挑んでいたことを物語っている。

イチロー『僕の野球人生で最も大きな日になった』

韓国戦の勢いを持ったまま決勝へ。

キューバを10−6で破ると、日本は WBC初代王者 の座に就いた。

優勝後イチローは、「僕の野球人生で最も大きな日になった」とコメントし、喜びを爆発させた。

 

まとめ

永遠のライバル韓国との戦い。

“最も屈辱的な日”を経て、“最も大きな日”へ。

イチローの物語は、まさに侍ジャパンの象徴そのものだった。

第6回大会ではどんなドラマが起こるのか今から楽しみである。

 

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