池谷直樹の現在は?サムライロックオーケストラ設立の経緯と1億2000万円借金問題、たこ焼き“跳びたこ”挑戦まで

芸能
SAMURAI ROCK ORCHESTRA

「スポーツマンNo.1決定戦」でモンスターボックス23段成功を記録した元体操選手・池谷直樹。
彼が設立した「サムライロックオーケストラ」は、元アスリートが輝ける舞台として注目を集めてきました。

しかしその裏では、1億2000万円規模の借金問題や運営上の困難もあったとされています。

さらに近年はキッチンカー「跳びたこ」にも挑戦するなど、新たな一歩を踏み出しています。

この記事では、池谷直樹の現在、サムライロックオーケストラ設立の経緯、借金問題の背景、そして跳びたこへの挑戦までをわかりやすく解説します。

池谷直樹とはどんな人物か

池谷直樹は、元体操選手として活躍した後、タレントや舞台パフォーマーとして活動の幅を広げてきた人物である。

兄に五輪メダリストの池谷幸雄を持つ体操一家に育ち、自身も幼少期から体操競技に打ち込んできた。1996年のアトランタオリンピック出場を目指したものの、最終選考で落選。その後、競技生活に区切りをつけることとなった。

引退後はテレビ番組などに出演し、身体能力を生かした企画で注目を集める。人気番組内の「モンスターボックス」では当時世界記録となる23段を跳躍し、その名を広く知られる存在となった。

その後は、アクロバットを軸とした舞台活動にも力を注ぐ。特に、スポーツとエンターテインメントを融合させた舞台
マッスルミュージカル
での経験は大きな転機だったといえる。

しかし、東日本大震災をきっかけに舞台は終了。活動の場を失うという出来事を経験する。その中で強く意識したのが、「アスリートが引退後も活躍し続けられる場所の必要性」だった。

競技人生は決して長くはない。体操で培った技術や身体能力を生かせる新たな舞台をつくれないか――。そうした思いから、2014年に立ち上げたのが
SAMURAI ROCK ORCHESTRA
である。

それは単なるエンターテインメントではなく、アスリートの新たな活躍の場を生み出す挑戦でもあった。

サムライロックオーケストラとは何か

引用:https://sro.co.jp

SAMURAI ROCK ORCHESTRAは、「筋肉と音楽の融合」をコンセプトに掲げるアクロバット・エンターテインメント集団である。2014年に池谷直樹が立ち上げ、スポーツで培われた身体能力を舞台表現へと昇華させる新ジャンルのパフォーマンスを展開してきた。

作品の大きな特徴は、セリフを用いない構成にある。生演奏とアクロバットを組み合わせ、子どもから大人まで幅広い世代が楽しめる舞台づくりを目指している。

出演者には、体操競技やヨーヨー、バトントワーリングのメダリスト、プロダンサーなど、各ジャンルで実績を持つアスリートが名を連ねる。旗揚げから比較的早い段階で海外公演も行い、国内外で活動の幅を広げてきた。

これまでに、バイオリニストのAYASAや体操選手の田中理恵らとの共演をはじめ、多彩なゲストを迎えながら公演を重ねてきた。よみうりランド内の日テレらんらんホールでのロング公演を開催するなど、継続的な舞台活動も行っている。

近年はプロジェクションマッピングを導入するなど演出面でも進化を図り、音楽・身体表現・映像を融合させた舞台づくりに取り組んできた。観客参加型の演出を取り入れるなど、毎年新たな挑戦を続けている点も特徴の一つだ。

公演活動にとどまらず、アーティストのライブやテレビ番組への出演、企業イベントへの参加など、活動の場は多岐にわたる。アスリートとして培った技術と体力をエンターテインメントの形で発信する集団として、独自のポジションを築いてきたといえる。

借金1億2000万円報道と現在の活動

『ABEMA NEWS』によると、団体立ち上げ当初には資金面でのトラブルもあったとされる。

支援体制が十分に整わない中で公演を成立させる必要が生じ、結果として自己資金や借入によって運営を継続せざるを得なかったという。

その後も団体の運転資金として金融機関からの借入を行い、総額は約1億2000万円にのぼると語られている。

舞台公演は制作費や人件費など固定費が大きく、継続的な資金確保が不可欠だ。特にコロナ禍の影響も重なり、経営環境は厳しさを増したとみられる。

そうした中で、キッチンカーによるたこ焼き販売に取り組む姿も報じられた。華やかな舞台とは対照的に、地道な活動で収入を確保しようとする姿勢は、事業を続けるための現実的な選択とも受け止められている。

アスリートのセカンドキャリアの現実

アスリートの競技人生は決して長くない。体操をはじめ多くの競技では、20代から30代前半で第一線を退くケースが一般的だ。

池谷直樹自身も、1996年のオリンピック出場を目指しながらも最終選考で落選し、競技生活に区切りをつけた一人である。引退後はテレビや舞台で活躍の場を広げたが、それは決して最初から用意された道ではなかった。

震災をきっかけに舞台が終了した経験や、団体運営に伴う資金面での苦労は、アスリートが引退後に直面する現実を象徴しているともいえる。

競技で培った高度な身体能力や精神力を、どのように社会の中で活かしていくのか――これは多くの元アスリートに共通する課題だ。

サムライロックオーケストラは、その一つの答えとして生まれた挑戦だった。舞台という新たなフィールドで身体能力を表現へと変え、観客の応援によって成り立つ仕組みをつくろうとした。

しかし、理念だけでは事業は続かない。経営という現実と向き合いながら理想を追い続ける難しさは、セカンドキャリアの課題そのものでもある。

アスリートが引退後も持続的に活躍できる社会をどう築くのか。その問いは、個人の努力だけでは解決できないテーマとして、今もスポーツ界に横たわっている。

キッチンカー「池谷直樹の跳びたこ」での新たな挑戦

 

引用:https://sro.co.jp

 

2022年よりスタートしたのが、キッチンカー事業「池谷直樹の跳びたこ」だ。

コロナ禍で舞台やイベントの仕事が激減し、タレントとしての活動も難しくなったことがきっかけだったという。不安定な状況の中で「自分の力でできる仕事を」と考え、キッチンカーという新たな挑戦を選んだ。

たこ焼きは、大阪の人気店である道頓堀くれおーるの暖簾分け。周りはカリッと香ばしく、中はトロッとした食感が特徴で、オリジナル配合の生地を使用している。

特筆すべきは、池谷本人がどんな距離でも自ら運転して現場へ向かい、必ず店頭に立って販売している点だ。「自分が立てないときは出店しない」という姿勢を貫いている。

出店時には1日250〜300パック、約1,500玉を焼き上げることもあるという。
決して簡単な数字ではない。体力勝負の現場で、黙々と焼き続ける姿は、アスリート時代と重なる部分もある。

華やかな舞台の世界とは対照的な、地道な挑戦。
しかしそこには、再出発への覚悟と、支えてくれる人への誠実さがにじんでいる。

まとめ

サムライロックオーケストラは、元アスリートが活躍できる新たな舞台をつくるという理念から始まった。

震災による舞台終了、立ち上げ時の金銭トラブル、1億円を超える借入、そしてコロナ禍での事業停滞。決して平坦な道のりではなかった。

それでも舞台を続け、新たな挑戦としてキッチンカー事業にも踏み出している。

池谷直樹の人生は、まさに“モンスターボックス”のようだ。

かつて出演していたスポーツマンNo.1決定戦で象徴的だった種目・モンスターボックス。
踏み切る前に一度大きく沈み込み、その反動で高く跳び、壁を越える。

沈む時間があるからこそ、高く跳べる。

幾度となく壁に直面しながらも、再び踏み切り台に立ち続ける姿勢こそが、池谷直樹という人物の本質なのかもしれない。

挑戦は、まだ終わっていない。

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